【新品のサーランギについて 後編】
本記事は後編です。
前編はこちら。
前回は新品のサーランギはすぐに演奏できる状態でなくて、講師からすると調整作業がとても大変!というお話をしたのですが、今回は実際にどのような調整が新品のサーランギに必要なことが多いのかをお話しします。
新品のサーランギによくある症状として、大体以下のような点が挙げられます。
① 中央の弦が押さえられない
② 押さえ位置が適切にセッティングされていない(高いSaの位置が異なる)
③ 弦を傷つけてしまう状態(窓の部分、ブリッジ等)
④ 弦が飛び出て危険!など、共鳴弦とペグについて
***
① 中央の弦が押さえられない

新品のサーランギを見る際に、まず最初に目がいく点です。
サーランギは弦を横から押さえる構造なので、真ん中の弦を押さえる時には、画像の赤く塗ったあたりに指を入れなければなりません。
しかし売られている新品のサーランギを見ると、このスペースが狭すぎて指を入れられないことがよくあります。

向かって右側にある共鳴弦が邪魔をして、指を入れるスペースがない状態になっています。
弦を押さえられない、、、まさに「演奏するための基本セッティングすらできていない状態」で売られているわけですね。
結構この状態で売られているサーランギが多いのです。
この調整には指を置くスペースを確保するために、ブリッジの弦を通す溝を削りなおしてガット弦の位置を変える、状況に応じて上部の共鳴弦を張り直すといったことが必要になります。
3弦ともにバランスよく演奏できるように、全体を見ながら位置を微調整していきます。
② 押さえ位置が適切にセッティングされていない(高いSaの位置が異なる)

これは非常に多いです。
西沢の実感としては4台に3台くらい?
サーランギの演奏上の基本として、主弦を弾く際に、白い皮の境い目が開放弦より1オクターブ高い押さえ位置になるのがセオリーです。(画像の赤丸の位置)
しかし、これが狂っているサーランギが非常に多いのです。
簡単に言うと、ギターでもピアノでも正確にチューニングをして「ド」の位置を押さえれば「ド」の音が出ますが、サーランギの場合、これがずれている状態で売られているケースが多いということです。
この調整には上部と下部のブリッジの位置を変えることになりますが、下のブリッジの位置変更は、ブリッジの下の座布団になっている革紐の交換が必要な場合もあります。
また、状況を見て一部木材や骨材を削るなどの作業も発生します。
なお、余談ですが、このセッティングができていない楽器があまりに多いからか、インドのプロでもこの押さえ位置が正しくない状態で演奏されている方が結構な数いらっしゃいます。
まあ、インドらしいと言えばインドらしいですね。
すでに基礎的な演奏技術がある方ならいいですが、初めてサーランギを習う生徒さんにはよくないので、レッスンは原則として正しく調整した楽器で行います。
③ 弦を傷つけてしまう状態(窓の部分、ブリッジ等)
弦を張っていると弦は消耗しますが、基本的に張力と、弓を擦る摩擦によって消耗していきます。
これは自然なことなのですが、それとは別に楽器の調整ができていないことが原因で、弦にダメージが出てしまうことがあります。

たとえば、サーランギのガット弦を通す窓(ミフラーブといって、モスクの礼拝の方向を示す窓を模していると言われます)の下部が直角になっていて、そこに弦が当たって弦が傷つくケースはよく見かけます。
また、ブリッジの溝の削りが甘く、鋭角状になっており、弦を傷つける原因になっていることもあります。
長期間使っているうちにこうした摩耗が出るのは仕方がありませんが、短期間で出てしまうことがないように調整は必要です。
一般的にサーランギで使うガット弦は金属弦に比べて高価なので、このように傷ついてしまうのはできるだけ避けたいところです。
調整では一つ一つの原因を見定めながら、弦を傷つけないように楽器本体やブリッジを削りつつ、状況を見てクッションになる皮革をかぶせて仕上げます。
④ 弦が飛び出て危険!など、共鳴弦とペグについて

金属製の共鳴弦は簡単に肌に刺さるので結構危険で、自分もこれまで何度も血を流しています。
しかし、新品のサーランギではペグなどから弦の先端がぴょんぴょん飛び出ていてまるでサボテンのような状態になっているケースがよくあります。
正しい弦の留め方ができていないんですね。

ペグ側だけでなく、サーランギの底側にも全ての弦を処理する箇所があるのですが、ここから弦が出ているとさらに危険で、足に触れたりしただけで怪我の原因になります。
さすがにこうした状態の楽器を生徒さんに使用してもらうのはあまりに危険なので、普段使いで触れる可能性がある箇所は必ず調整します。
この調整は1本1本弦を緩めて先端が飛び出ないように処理して巻きなおしていくしかありません。
ただし、仮にこうした症状がなかったとしても、ペグは噛み合わせの状態などもチェックするので、新品のサーランギを調整する際は結局すべてのペグ(共鳴弦)を調整することも多いのです。
もしすべてのペグ、共鳴弦を調整するとなると、かなり速いペースで1本につき5分と考えても、5分×35本=約3時間ほどはかかる作業です。
非常に肩が凝ります。
あと弦を巻く方向がセオリーと逆になっているというケースもたまにあります。
***
このようにざっくり見てみても、えっ、こんな状態で売られているの…!?というような話ばかりですが、実際こんな状態で売られているのです。
新品のサーランギは完成後、一度も試奏すらされていないものが多いのが現状だと思います。
長年弾かれていなかった楽器ならまだしも、サーランギの場合は新品でも調整の必要が出てくるわけです。
生徒さんの楽器にどこまで調整を施すかは講師の判断になりますが、西沢の場合は少なくとも上記の内容はすべて確認して調整しています。(もちろんそれ以外にも楽器によって様々な調整が必要になります)
新品の楽器であっても調整代金をいただくケースが多いことをご理解いただければ幸いです。
レッスン希望の方はできれば西沢の手配するサーランギをまず一度試してみてほしいというのが本音でもあります。
最後に、上記のような状態で売られている楽器はそもそも粗悪なものなのでは?と思われる方もいるかもしれませんが、自分の経験からすると、調整さえすればほとんどの楽器はしっかりと鳴りますのでその点はご安心いただければと思います。(稀に粗悪なクオリティのものもありますが)
今後サーランギの奏者や製作者が増えて、サーランギ楽器事情ももっと改善してほしいなと願うばかりです。